河鍋暁斎[かわなべ きょうさい/1831(天保2)~1889(明治22)]は、毎年のように展覧会が開かれる人気の絵師ですが、これまでの展覧会とは違って、本展では暁斎の本画(下絵を描き彩色を施した完成作品)を一切展示しません。展示するのは、河鍋暁斎記念美術館の充実した収蔵品から厳選した素描、下絵、画稿、宴席などにおいて即興で描かれた席画、絵手本など、暁斎の生の筆づかいが感じられる作品ばかりです。本画は完成度が高い一方で、筆勢が抑制された、いわばお行儀のいい作品と言え、彩色などには時に弟子の手が入ることもありました。また、暁斎には多くの版画作品がありますが、これらは暁斎の原画を、彫師と摺師、すなわち他人の協力を得て完成させたものです。これに対して下絵や画稿類は100%暁斎の手になり、その卓越した筆力をまざまざと感じることができます。本展は、あえて本画を展示せず、暁斎の描写と表現の力量のみを、存分に味わっていただこう、というチャレンジングな試みなのです。
暁斎の下絵や画稿は、本画にはない独自の魅力に満ちています。暁斎は一度その対象を把握してしまえば、実物を前にしなくとも、あらゆる方向から見た、どんなポーズの姿でも描くことができたのです。画稿類には、この能力がいかんなく発揮され、数々の驚くべき群像表現を見ることができます。そして画面を埋め尽くすように描き込まれた無数の線描の迫力・筆の勢いも、見どころのひとつです。衣服の襞や髪の毛、顔や身体の皺など、本画では整理されてしまう細部が、画稿では執拗に描かれます。それがかえって、本画では薄められてしまった迫力とダイナミックな動きを表現しており、尽きせぬ魅力となっているのです。
席画とは、客を前にして即興で描かれる絵のこと。江戸から明治にかけて、多くの客を集めた書画会で、絵師たちが腕前を披露するといったことがしばしば行われました。たくさんの人が見ている前で、下描きもなしに、その場で完成させる席画は、絵師の実力を如実に表します。暁斎も頻繁に書画会を行っていたようで、多くの席画が残されていますが、その守備範囲の広さとクオリティの高さは、暁斎の絵師としての力がずば抜けていたことを示しています。入念に下絵を作り、時間をかけて描かれる本画に比べると、即興的に短時間で描かれる席画は軽く見られがちですが、絵師の本当の力(=底力)は、案外席画の方に表れているのかもしれません。
《鳥獣戯画 猫又と狸 下絵》は、暁斎の画稿の中でも、そのユニークな画題やユーモアあふれる描写によってよく知られています。この作品の失われていたピースが発見され、本展で初公開されます。新発見のピースは、《猫又と狸》の画面の上に続く部分で、木の梢からぶら下がる鼠たちが描かれています。
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