インドで生まれた更紗(さらさ)はその誕生から数千年の歴史の中で、衣服や宗教儀式、室内装飾などさまざまな用途に使われてきました。天然素材の茜(あかね)と藍(あい)を巧みに用いて、染織の難しい木綿布を色鮮やかに染め上げて作られた更紗は、のびやかで濃密な文様が大きな特徴です。また、染色の驚異的な堅牢性も、世界中の人々を驚かせました。主要な交易品として、おそくとも1世紀には東南アジアやアフリカへと渡り、17世紀にはヨーロッパ各国で相次いだ東インド会社の設立に伴い世界中へと輸出されます。貿易を通して他国の要望に応じたデザインを自在に展開しつつも、力強いインドの美意識を内包するインド更紗は、装飾美術から服飾まで世界中のあらゆる芸術に多大な影響を与えました。
本展ではインド国内向けに作られた最長約8メートルの完全な形で残る更紗の優品から、アジアとヨーロッパとの交易で生み出されたデザインを伝える掛布や服飾品、そして国内のコレクションも交えた日本での展開を伝える貴重な作品を紹介します。
世界屈指のコレクター、カルン・タカール氏のコレクションを日本で初めて紹介する本展で、今もなお世界中の人々を惹きつけてやまないインド更紗の奥深い魅力をご堪能ください。
タカール氏はインドのデリーで母親の仕立屋を手伝いながら、幼い頃から染織品に親しんできました。家族で英国へ移住後も布や工芸への興味は尽きることなく、1982年からアジアとアフリカの染織品の収集を始め、その活動はやがて世界有数のコレクションを築くまでになりました。2021年には英国ヴィクトリア&アルバート博物館と協働でカルン・タカール基金を設立。「私はこのコレクションの束の間の守り人にすぎません」と語るタカール氏は、コレクションを積極的に博物館へ貸し出したり寄贈したりと、世界中の人々と共有することを大切にしています。
描かれた人物は、額の線と首にかけたルドラークシャ(菩提樹の実)の数珠によって、ヒンドゥー教のシヴァ派の信者であることがわかります。生い茂る植物に囲まれて立ち、祈りの儀式プージャーで使う花を摘んでいるようです。その優美な姿勢と指先は、特に繊細に描かれています。
上段中央に座る占い師の手元に並ぶ伏せた器からは蛇や鳥、サソリや果物が表れ、右手は印を結んでいます。左右には太鼓を持った人物、そして後方にはオランダ国旗を掲げた砦。下段は宮廷の様子なのか、たくさんの宝石を身に着けた人物が従者になにか指示しています。右端の馬の上方にはトランペットのような楽器が伸び、にぎやかな音楽が聴こえてきそうです。
中央に立木の模様が描かれたベッドカバーや室内装飾用の布「パランポア」は、インド全土で何百年ものあいだ作られてきましたが、これはヨーロッパ人の好みにあわせた白地のデザインです。パランポアはヒンディー語の「パラン・ポッシュ」、つまり「ベッドカバー」に由来します。ごつごつした岩山に力強く根を張り、大輪の花を咲かせた枝はねじれ、躍動感に満ちています。インドの宮殿やテントを装飾してきた立木モチーフの更紗は、海を越えてヨーロッパの人々の暮らしを彩る装飾品として人気を博しました。
大航海時代が幕をあけ、ポルトガルやオランダの商人たちによってインド更紗がヨーロッパにもたらされます。それまでヨーロッパの染織品は色数も乏しく、素材は麻や絹地が中心でしたが、色鮮やかで伸びやかな模様に彩られた上質な木綿布を初めて見た時の驚きは、いかばかりだったでしょうか。やがて自国の産業を守るために禁令が出るほど爆発的な人気となりました。この帽子は、貴重なインド更紗をあますところなく使い切るため、小さな端切れをつなぎ合わせて作られました。
オランダ向けに生産されたと考えられる、斜めに配されたチューリップと虫だけの印象的なデザイン。ここに描写された赤と紫の2色のチューリップは、17 世紀前半にヨーロッパで人気を博した近代的な栽培種を表しています。更紗の生産者たちがさまざまな国の需要にあわせてデザインを研究していたことがうかがえます。
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