日本では毎年数多くの美術展が開催され、多くの観客を集めています。大規模な西洋美術展はもとより、最近では、江戸期を中心とする日本美術や、現代アートの展覧会が大きな話題となることも少なくありません。そうした中で、めっきり数が減っているのが日本近代洋画の展覧会です。東京ステーションギャラリーでは2012年の再開館以来、一貫して近代洋画の展覧会の開催を続けてきました。それは多くの優れた洋画家たちの業績が忘れられるのを恐れるからであり、優れた美術が、たとえいま流行りではなかったとしても、人の心を揺り動かすものであることを信じるからです。
南薫造(1883-1950)、明治末から昭和にかけて官展の中心作家として活躍した洋画家です。若き日にイギリスに留学して清新な水彩画に親しみ、帰国後は印象派の画家として評価される一方で、創作版画運動の先駆けとなるような木版画を制作するなど、油絵以外の分野でも新しい時代の美術を模索した作家ですが、これまで地元・広島以外では大規模な回顧展が開かれたことがなく、その仕事が広く知られているとは言えません。
本展は、文展・帝展・日展の出品作など、現存する南の代表作を網羅するとともに、イギリス留学時代に描かれた水彩画や、朋友の富本憲吉と切磋琢磨した木版画など、南薫造の全貌を伝える決定版の回顧展となります。
南薫造の魅力は、瑞々しい感受性によってとらえられた風景や人物の端正な描写にあります。奇をてらわず、派手さはありませんが、自然から得た感興を完成度の高い画面へとまとめ上げた穏やかで清澄感のある作品は、早い時期から高く評価されていました。その裏には、油絵具を扱う卓越した技術、透明水彩画の繊細な色彩感覚、木版画に端的に見て取れる画面構成力がありました。官展の中心的な画家として長く活躍し、東京美術学校でも教授として多くの後進を育てた実力は、何気ない風景画や飾らない人物画の中に確かに表れているのです。
光の描写を得意とする外光派の牙城であった白馬会でデビューした南薫造の作品は、明るい色彩と柔らかい筆致による穏やかな作風を特徴としています。特に欧米留学と前後する時期の油彩画は、まさに日本の印象派というにふさわしい作風と言えるでしょう。第6回文展に出品した代表作《六月の日》では、点描などを用いて、爽やかな初夏の農村を巧みに描いています。
南薫造は、当時多くの画家たちが向かったフランスではなく、イギリスを留学先として選びました。留学中、精力的に水彩画を制作していることから、水彩画を学ぶことがひとつの目的であったことは確かなようです。というのもイギリスはターナーをはじめ優れた水彩画家を数多く輩出しているからです。本場で磨かれた南の水彩画は、繊細な光の状態や、微妙な色調の変化が巧みにとらえられ、透明感にあふれています。
留学から帰国後、南薫造は、留学仲間で後に陶芸家として名を成す富本憲吉と共同生活をしていました。この時期ふたりは切磋琢磨しながら木版画の制作に励みます。南は風景、富本は図案と、対象はそれぞれ異なりますが、自画自刻自摺、すなわち下絵を描くのも、版木を彫るのも、それを摺るのも、すべて自分ひとりで行うという点では共通していました。彼らの仕事は、自画自刻自摺を標榜し、大正期の大きな潮流となる創作版画運動の先駆けと位置付けられています。
晩年、南薫造は戦時中に疎開した広島県内海町の生家で、制作に没頭する生活を送りました。瀬戸内海や近在の風景、家族の姿などを生き生きと描き出しています。絵筆のタッチは、フォーヴィスムの影響を受けてか、より大きく伸びやかになり、純粋に描くことを楽しむ様子がうかがえます。日本の風土に根差した油絵、すなわち日本的洋画のひとつの完成形をそこに見ることができます。
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