日本初の鉄道が新橋〜横浜間に開通したのが1872(明治5)年です。その17年後の1889(明治22)年に東海道本線新橋〜神戸間が全線開通し、今年で120年を迎えました。
日本の鉄道の旅客輸送は1929(昭和4)年度が一つのピークでしたが、1・2等客を中心に伸び悩んでいました。不況の影響で運輸成績が低迷する中で、鉄道に親しみを持たせるため、鉄道省は特急の名前を一般から募集しました。その結果は1位「富士」、2位「燕」、3位「桜」で、1929(昭和4)年に特急が「富士」「桜」と名づけられました。
そして、この翌年の1930(昭和5)年、最高速列車「燕」が登場します。東京〜大阪・神戸間を最高時速95キロ、表定速度68.2キロというスピードで走り、“超特急”と呼ばれました。「燕」は、東海道本線の特急列車であるとともに、国際列車の役目も持ち、当時の鉄道省が総力を挙げて実現に取り組んだプロジェクトでした。
「燕」が快走した1930〜43(昭和5〜18)年は、育ち始めた市民社会が不況の波を受け、やがて第二次世界大戦へ突入していった激動の時代でした。
今回の企画展では特急「燕」誕生の背景や、運転を実現させた技術と工夫を紹介すると同時に、「燕」が誕生した頃の暮らしを通して昭和初期の日本の元気を紹介します。 |