歴史と未来をつなぐ東京駅の美術館 | 東京ステーションギャラリー

過去の企画展

《静止した刻》1968年 東京国立近代美術館蔵  《おっかさん》1973年 個人蔵

北陸新幹線開業記念

没後30年 鴨居玲展 踊り候え

Rey Camoy Retrospective:
on the 30th anniversary of his death

会期:2015年5月30日(土)― 2015年7月20日(月・祝)
May 30th - July 20th



《出を待つ(道化師)》1984年 
個人蔵

《蛾》1976年 個人蔵  《教会》1976年 ひろしま美術館蔵

《1982年 私》1982年 
石川県立美術館蔵

《石の花》1980年 個人蔵  《1982年 私》1982年 石川県立美術館蔵

《静止した刻》1968年 
東京国立近代美術館蔵

《ミスターXの来た日 1982.2.17》1982年 個人蔵

《おっかさん》1973年 個人蔵

《勲章》1985年 笠間日動美術館  《踊り候え》1979年 個人蔵

《教会》1976年
ひろしま美術館蔵

没後30年 鴨居玲展 踊り候え

《石の花》1980年 個人蔵

没後30年 鴨居玲展 踊り候え

《ミスターXの来た日 1982.2.17》
1982年 個人蔵

没後30年 鴨居玲展 踊り候え

《勲章》1985年
笠間日動美術館蔵

没後30年 鴨居玲展 踊り候え

《蛾》1976年 個人蔵

人間の内面を見つめ、自らの心魂をキャンヴァスに描き出した鴨居玲。その東京では25年ぶりとなる回顧展を開催します。
金沢で生まれた鴨居玲(1928-1985)は、新聞記者の父の転任に伴い、子どものころから転校を重ね、一所に留まらない性分から、南米・パリ・ローマ・スペインを渡り歩きました。各地で出会った社会の底辺に生きる人々をモティーフに作品を制作しますが、そのいずれもが自身を投影した自画像ともいわれます。
ときに、ユーモアに溢れ、芝居っ気たっぷりに、人を煙に巻くかと思えば、絶望感にとらわれ、酒に溺れ、自殺未遂を繰り返す。繊細でひたむきな破滅型の人生が、そのまま暗く沈んだ重厚な画面に、劇的な姿となって表わされています。そして、人の心の奥底に潜む暗部を注視し、己れの内なる孤独と苦悩を吐露しながら、心身を削るように描かれた作品は、見る者の胸に迫り、強く訴えかけてきます。
没後30年にあわせて開催する本展では、10代の自画像から遺作まで、57年の生涯で残された油彩の代表作をはじめ、素描、遺品など約100点を一堂に展示し、今もなお、多くの人を惹きつけてやまない鴨居玲の崇高な芸術世界をご紹介します。

【休館日】
月曜日(7月20日を除く)
【開館時間】
10:00 − 18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館30分前まで
【入館料】
一般900円 高校・大学生700円 中学生以下無料
※20名以上の団体は100円引き
※障がい者手帳等持参の方は100円引き、その介添者1名は無料
【主催】
東京ステーションギャラリー(公益社団法人東日本鉄道文化財団)
毎日新聞社
【企画協力】
公益財団法人日動美術財団

展覧会構成

第1章

初期から安井賞受賞まで

鴨居玲は、金沢美術工芸専門学校(現在の金沢美術工芸大学)に入学し、洋画家の宮本三郎に師事、在学中二紀展に初入選します。しかし、その後は油彩に行き詰まり、パステルやガッシュを用いてシュルレアリスム、抽象と作風を変化させますが、制作は低迷し、南米、パリ、ローマを放浪しながら、試行錯誤を続けました。帰国後の1967年には、一旦退会した二紀会に一般応募で入選、次いで、大阪日動画廊で初めての個展を開催します。1969年、《静止した刻》で、新人洋画家の登竜門であった安井賞を受賞し、画家としての道を切り拓いていきます。

第2章

スペイン・パリ時代

1971年、スペインに渡り、「ドン・キホーテ」の舞台となったラ・マンチャ地方のバルデペーニャスに移り住みます。この土地を「私の村」と呼び親しみ、素朴で陽気な人々との交流から、酔っぱらい、廃兵、老人といったモティーフと巡り合い、代表作が誕生しました。人生最良のときを過ごしますが、生来の放浪癖から、最愛の地バルデペーニャスを離れ、その後は、トレド、マドリード、パリを転々とします。画業の面では順調かに見えたものの、心の中は満たされることなく、焦燥感から情緒不安定に陥って、1977年、帰国するに至りました。

第3章

帰国後の神戸時代

帰国後は、神戸にアトリエを持ち、裸婦や恋人たちといった画題に取り組みますが、新たな展開には結びつかず、自画像に立ち戻って、突き詰めていきました。これまでの集大成ともいえる群像の大作《1982年 私》をはじめ、《ミスターXの来た日 1982.2.17》《出を待つ(道化師)》《肖像》といった晩年の作品は、鏡に自分の姿を映し、人間の心の闇――不安、孤独、悲哀、絶望、醜悪――を鋭く抉り、さらけ出した自画像といわれます。制作に心血を注ぎ、自己の存在を問い、精神の葛藤を描き続けた人生は、57歳で幕を閉じました。

第4章

デッサン

「私は十五、六年程前よりデッサンに5H、3Hの鉛筆を使用する様になった。多少自虐的な点もあるのかも知れないが、堅い鉛筆で切り込んで行く様なあの感触が好きなのである。」(「無題」『繪』1985年7月号)腕や指に負担を掛けながらも、目をつぶってでも同じポーズが描けるようにならなければいけないとの信条から、鴨居は1枚の絵を描くのに、100枚のデッサンを自らに課したといわれます。優れた技術に裏打ちされたデッサンの作品は人気が高く、描かれた人物の姿態や動き、表情が、生き生きと表現されています。